松本靖代 「日本語教育における形容動詞の扱い―国文法との比較を通して―」
形容動詞という概念の誤り①
[権善和稿:研究]の「 2. 形容動詞の概念」、「2.2.1. 形容動詞の種類」を検討します。
形容動詞は、もと、「静カニ」「堂々ト」などの一部の副詞に、動詞「アリ」をつけて「静カニアリ」「堂々トアリ」となり、さらに縮約(母音脱落)して、文語の形容動詞「静ナリ」「堂々タリ」になったものである。それが漢語の流入によって、属性概念の漢語に「~ナリ」「~タリ」が接続した形態に発達し、後には「ダ・ナ活用」になって、今日の形容動詞の形態に定着したのである。先にも見た通り、この論文では<形容動詞>という品詞区分には疑問を持たず、否定論を検討しながら、「この問題を飛び越して、運用上の特徴を中心に考察を進めたい」と最初に述べられている通り<形容動詞>肯定論にたち、「運用上の特徴」を検討するだけの論となっており、単なる現象論、機能論となるしかありません。
形容動詞は、意味的には事物の性質・状態を表わす自立語で、活用があるという特徴を有するが、文語と口語で活用が異なる。
この種類の検討でまず問題となるのは、最初の、
もと、「静カニ」「堂々ト」などの一部の副詞に、動詞「アリ」をつけて「静カニアリ」「堂々トアリ」となり、さらに縮約(母音脱落)して、文語の形容動詞「静ナリ」「堂々タリ」になったものである。という文章です。ここでは、副詞とは何か、動詞「アリ」とは本当に動詞であるのか、縮約(母音脱落)して、文語の形容動詞「静ナリ」「堂々タリ」になったとする「ナリ」は活用なのかが全く検討されていません。このため、「形容動詞は、意味的には事物の性質・状態を表わす自立語で、活用があるという特徴を有するが、文語と口語で活用が異なる。」と<形容動詞>は自立語で活用を持つと安易に決めつけられています。
口語の副詞は通常「品詞の一。自立語で活用がなく、主語・述語になることのない語のうち、主として連用修飾語として用いられるもの。」(大辞林 第三版の解説)とされ、「活用」を持ちません。文語でも同様であり、≪「静カニ」「堂々ト」などの一部の副詞≫と無造作に述べている所がまったく非論理的です。これらは、「静カ」「堂々」という語に<格助詞>「ニ」「ト」が付加されたものと見なければなりません。そして、<動詞>「アリ」は判断の助動詞「アリ」でなければばりません。当然、
それが漢語の流入によって、属性概念の漢語に「~ナリ」「~タリ」が接続した形態に発達し、後には「ダ・ナ活用」になって、今日の形容動詞の形態に定着したのである。と記す「ダ・ナ活用」の「ダ・ナ」も活用ではなく、判断の<助動詞>「ダ・ナ」でなければなりません。このように膠着語である日本語の単語とは何か、活用とは何かが全く検討されることなく、≪文語の形容動詞「静ナリ」「堂々タリ」になった≫と<形容動詞>という一語の品詞を承認してしまっています。
こうなるしかないのは、「形容動詞は、意味的には事物の性質・状態を表わす自立語で、活用があるという特徴を有する」と記しているように、品詞分類の基準が意味と自立・非自立と言う形式、活用の有無という形式に依拠した形式主義的な観点にその本質的な欠陥があります。それは、学校文法である橋本文法の観点でもあり、この点に関する反省が全くなされていません。
すでに、語の定義、活用の本質他についてはこれまで論じてきたところですが、この観点から形容動詞という誤りを明かにしましょう。■