2015年10月18日

形式主義言語論の「壁塗り交替」という現象論 (4)

    感情動詞の補語についての一考察 ―「ニ」と「デ」について」(2)

 前回は少し結論を急ぎすぎましたので、もう少し最初から論理展開を追ってみましょう。

 まず、題名ですが、「感情動詞の補語」についての「一考察」となっています。「補語」とは何かですが、デジタル大辞泉の解説をみてみましょう。

 1 《complement》英語・フランス語などの文法で、それだけでは完全な意味を表さない動詞の意をおぎなう  語。“He is rich.” “I make him happy.”のrich, happyの類。

2 日本語で、連用修飾語のうち、主として格助詞「に」「と」などを伴う語。「兄が弟に本を与える」の「弟に」の類。「を」を伴うものを目的語または客語というのに対する。

このように、本来は英語文法等の概念で、これを日本語にも適用したものです。そして、<主として格助詞「に」「と」などを伴う語>で格助詞「に」「で」そのものではありません。格助詞「に」と「で」の考察ではなく、感情動詞の<意味を補う語>の考察ということで、ここに、現象的・形式的な見方が示されています。

 そして、<問題の所在>では、<感情動詞には、「子を愛する」のようにヲ格をとるものと、「金に困る」のように二格をとるものがあり>と、先の「補語」の定義では<「を」を伴うものを目的語または客語というのに対する>「に」「と」なのですが、現象論的に「ヲ格をとるもの」「ニ格をとるもの」と質的な相違を無視して並置されます。さらに、 

  後者については、「ニ」と「デ」の言いかえが可能な場合があることが指摘されている。

 と、目的語との関連を無視したまま<「ニ」と「デ」の言いかえ>の問題に進みます。「ニ」と「デ」を伴う連用修飾語は補語ですが、「を」は目的語として通常は区別されるのですが、ここは無視されます。生成文法にはまともな品詞論がないのです。そして

     a 人手不足に悩む      b 人手不足で悩む  (作例)

   a 地震に驚く        b 地震で驚く    (作例)  

と「言いかえ」の例が示されます。これを、「言いかえ」とする根拠は「」を機械的に「で」に置き替えても違和感がない、「意味が通る」ので生成文法でいう「非文」ではないという判断です。しかし、「人手不足に悩む」は悩む対象を単にスタッティックに捉え表現しているにすぎず、「人手不足で悩む」は悩みの要因・原因を表現しているのであり、単なる「言いかえ」ではなく、話者の認識の表現、すなわち意味が異なる文です。論者はその点を問題として捉えることなく、「言いかえ」の例としています。さらに、その根拠を、

  「二」と「デ」を言いかえることができる場合があるのは、述語が感情動詞の場合、「ニ」が「感情の動きの誘因」を表す(寺村1982139)とされ、「デ」が多くの用法のひとつとして、「原因」を表すことがあるためと考えられる。

 とします。まず、寺村秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味1』での、<述語が感情動詞の場合、「ニ」が「感情の動きの誘因」を表す>という指摘を肯定しています。これが妥当か否かをまず検討する必要があります。デジタル大辞泉の解説を見ましょう。

 に】

  [格助]名詞、名詞に準じる語、動詞の連用形・連体形などに付く。

1 動作・作用の行われる時・場所を表す。「三時―間に合わせる」「紙上―発表する」

2 人・事物の存在や出現する場所を表す。「庭―池がある」「右―見えるのが国会議事堂です」

3 動作・作用の帰着点・方向を表す。「家―着く」「東―向かう」

4 動作・作用・変化の結果を表す。「危篤―陥る」「水泡―帰する」

5 動作・作用の目的を表す。「見舞い―行く」「迎え―行く」

6 動作・作用の行われる対象・相手を表す。「人―よくかみつく犬」「友人―伝える」

7 動作・作用の原因・理由・きっかけとなるものを示す。…のために。…によって。「あまりのうれしさ―泣き出す」「退職金をもとで―商売を始める」

8 動作・作用の行われ方、その状態のあり方を表す。「直角―交わる」「会わず―帰る」

9 資格を表す。…として。「委員―君を推す」

10 受け身・使役の相手・対象を表す。「犬―かまれた」「巣箱を子供たち―作らせる」

11 比較・割合の基準や、比較の対象を表す。「君―似ている」「一日―三回服用する」

12 (場所を示す用法から転じて、多く「には」の形で)敬意の対象を表す。「博士―は古稀(こき)の祝いを迎えられた」「先生―はいかがお過ごしですか」

13 (動詞・形容詞を重ねて)強意を表す。「騒ぎ―騒ぐ」

14 「思う」「聞く」「見る」「知る」などの動詞に付いて状態・内容を表す。

15 比喩(ひゆ)の意を表す。

この、7.の「動作・作用の原因・理由・きっかけとなるものを示す。」が該当するわけですが、この説明も語の意義と文の意味を混同している所があると言わなければなりません。この説明に続けて「…のために」、「…によって」と記されているように「原因・理由」の認識はそれに続く語が担っているのであり、「に」は単にスタッティックな事物のありかたの方向、対象との結び付きを意識しているだけで、「原因・理由」を意識しているのではないのです。12.や3.が時や場所や「動作・作用の帰着点・方向を表す」と記し、6.で「動作・作用の行われる対象・相手を表す」と記すように、格助詞「に」そのものはスタッティックな対象との結び付きの認識でしかありません。文脈での意味を「語」の意義に持ち込んでしまう解釈が上記の記述に表れています。

これは、現在の言語学、国語学が語の意味と言うときに、語の規範である意義と、文脈上での意味の二つが関連はあるが異なることが理解されていないことによります。

「に」対し、「子を愛する」の格助詞「を」はダイナミックな認識を表します。そして、格助詞「で」こそが、「原因・理由」を意識し表現しているのです。この事実を踏まえて、続けて検討していきましょう。■

  
Posted by mc1521 at 11:55Comments(0)TrackBack(0)言語