前回は国語文法(学校文法)の<助動詞>「だ」の活用を見ましたが、言語過程説を唱えた時枝誠記の「だ」の活用を見てみましょう。『日本文法 口語篇』(岩波全書,初版1950,改版1978)の「四 辞」の助動詞に「(一)指定の助動詞 だ」として次の表が掲げられ説明されています。
語\活用形 | 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連體形 | 假定形 | 命令形 |
だ | で | と に で | だ | の な | なら | ○ |
指定の助動詞は、話手の單純な肯定判断を表す語である。この中に、「に」と「と」「の」は、従来助詞として取扱われてゐたものであるが、下に舉げる例によって知られるように、そこには明かに陳述性が認められるので、これを助動詞と認めるのが正しいであろう。また、右の表に掲げた各活用形は、その起源に於いては、それぞれ異なった體系に屬する語であったであろうが、今日に於いては一つの体系として用ゐられるやうになったものである。本書に於いては、形容動詞を立てないから、従来形容動詞の語尾と考えられてゐた「だら」「だつ」「で」「に」「だ」「な」「なら」は、そのまま、或いは分析されて、すべて右の活用形に所屬させることが出来る。
形容動詞についての説明は、これまで説いてきたところですが他にも相違があります。この相違について検討しておきましょう。未然形の「で」については、「であろう」の結合した「だろう」を別に推量の助動詞として取扱っているため<動詞>未然形の「ない」に接続する「で」を挙げています。問題は連用形の「と、に」と連體形の「の」です。
まず連體形の「の」ですが、杉村論文では、「推量判断の「ヨウダ」は一般に連体修飾成分とはならない。しかし、次のような場合には連体修飾成分となるので注意が必要である。」として、「(24) 禎子は、本多良雄が夫について、もっと何か知っているような直感がした。(松本清張『ゼロの焦点』)」他の例文を挙げています。ここでは、「ヨウダ」の活用として扱われているわけですが、この「な」と「の」を同列に扱っていることになります。通説では「の」は<格助詞>です。時枝は例文、「僅かの御禮しか出來ない。」を記し、次のように注しています。
「な」「の」は屢〃共通して用ゐられるが、語によって、「な」の附く場合と「の」の附く場合とがある。「駄目の」「僅かな」とも云うことが出来るが、「突然」「焦眉」「混濁」等には「の」がつき、「親切」「孤独」「あやふや」等には、大體に「な」がつくようである。
この「の」の扱いについて吉田金彦『現代語助動詞の史的研究』(1971年4月初版,『吉田金彦著作選7 現代語の助動詞』所収)は次のように指摘しています。
「の」も時枝説によって最近助動詞に入れられたもので、『日本文法口語篇』ではその連体形の所に掲げられてある(一八五頁)。しかし、助動詞「の」は問題があって『日本文法文語篇』などに至って、主語格以外の「の」をすべて指定の助動詞と拡大したことには、これが行き過ぎだという大きな批判がある。(青木玲子「問題となる助詞」『講座日本語の文法』三巻一六〇頁)。筆者も単なる接続機能的観点からのみで、主格以外のすべての「の」を指定の助動詞とすることには問題があると思う。所有・所属の意味を表すものが助詞であり、属性・指定の意味を表すものは助動詞である(拙稿「現代文における『の』の意味・用法」『月刊文法』1970年9月)
このように国文学者からは批判されています。ここで言われている、「属性・指定の意味を表すものは助動詞」というのも誤りなのですが。三浦つとむ『日本語の文法』は、「第四章 単語の活動状態としての<名詞>への転成―<転成体言>の問題」の「三 時枝文法の「の」<助動詞>説の吟味」で青木玲子の否定論を取り上げ、「私の結論もやはり否定論であるが、ここにはただ否定するだけではすまない問題がふくまれていて、時枝が<体言>や<用言>の内容の特殊性に立ち入ることをしないで形式的に扱っていることや、<転成体言>の問題を積極的にとりあげようとしないこととの結びつきを考えなければならない。」として検討しています。そして、上の時枝の注について次のように誤りを結論しています。
いま引用した、「な」と「の」の使い方についての時枝の説明を、この観点(<用言>から<体言>への転成は、<用言>の活用の形式いかんと直接の関係をもっていない:引用者注)から説明してみると、同じ「親切」という語でも、「親切な友人」という場合には属性表現の語であろうが、「親切の押し売り」という場合には属性を実体的にとらえた表現ではなかろうか、と思われてくる。「僅かな光がさした。」という場合には<副詞>で属性表現の語であろうが、「僅かのお礼しか出来ない。」という場合には属性を実体的にとらえた<名詞>ではなかろうかと思われてくる。それならここでの「の」も<助動詞>ではなく、<格助詞>である。
このように話者の認識をもとに慎重に語性を検討しないと、特に助動詞では論理を踏み外し易いのです。連用形の「と、に」についても検討してみましょう。■