2015年11月20日

助動詞「だ」について(14)

    <助動詞>「だ」の捉え方(1)

 <助動詞>「だ」が主体的表現で、話者の肯定判断を表す語であり、客体的表現の<動詞>は実体の属性を時間的な変化、運動し、発展するものとして捉え表現するもので全く異なる語であることを見て来ました。

 これは、時枝誠記による言語とは表現の一種であり、表現過程の一形式であるとする言語過程説の提起を唯物弁証法により基礎づけた三浦つとむが助動詞の本質を明らかにすることにより到達した地点です。しかし、時枝の主体的表現と客体的表現という区分は発表当時より種々の疑問や、反対意見が表明され現在も受け入れられてはいません。ソシュールの言語実体観に対する批判自体をソシュール言語学の誤読とする批判が現在も主流を成し、主体的表現と客体的表現という区分も受け入れられてはいません。その現状はたとえば、釘貫亨『「国語学」の形成と水脈 (ひつじ研究叢書(言語編)113)』(2013刊)が、服部四郎によるソシュール批判の『一般言語学講義』に対する看過できない誤解の存在の指摘により「今日その学理性が論議されることがなくなった」と評する情況です。また、フランス文学者の松澤和宏「ソシュールの翻訳と解釈―時枝誠記による『一般言語学講義』批判をめぐる予備的考察―」(名古屋大学大学院文学研究科,2010)が、

 時枝が批判したラングとは『講義』の編著者によってこの根源的二重性が解体され、二項対立に還元された末の一辞項に過ぎず、したがってソシュール的ラングの残骸であったと言ってもけっして過言ではないのである。時枝のソシュール批判を文献学の観点から検討することを通して、言語過程説において概念と聴覚映像を結びつける箇所に本来働いている筈のラングの不在が浮き彫りになると同時に『講義』が遮蔽した言語の二重性が、まさに否定的に浮かびあがってくるのである。

 と記すように、言語規範としてのラングの本質を指摘するところまでには時枝は進めませんでした。しかし、川島正平『言語過程説の研究』が次のように述べている事実は、正しく受け継ぎ発展させられなければなりません。

 ソシュールの犯した最大の過ちは、言語を表現として、物質としてとらえなかったこと、そして言語の過程的構造において、表現主体の認識する独自の概念の存在を無視してしまったことにあります。つまり、彼は言語をただ精神的なものとしてきわめて平面的に扱うと同時に、そこに人間の意志、人間の能動的な精神作用の介入してくる道を塞いでしまっているのです。時枝のソシュール批判の本質はここに起因するものと思われますが、この意味で、彼がソシュールを頂点とする近代言語学の理論を「人間喪失の言語理論」(『国語問題のために』)皮肉ったことも、まんざら的をはずした戯れ言とはいえないのです。ソシュールにとって、言語とは「音の心的な刻印」でありその本質は「関係」である、ということになるでしょう。けれども今日の言語過程説の立場からするならば、言語とは表現すなわち物質であり、かつその本質は「関係」である、ということになります。このように実体と属性を統一してとらえ、その背後に存在する矛盾の構造を、すなわちその過程的構造を論理的にたぐっていかなければ、言語の本質は解明できないのです。

 時枝のソシュールに対する構成主義的言語観、言語実体観批判を理解できなかった国語学者は時枝の詞・辞論に種々の批判を投げかけていますが、その中で今日の国語学に大きな影響を与えているのが金田一春彦の「不変化助動詞の本質」や「国語動詞の一分類」「日本語動詞のテンスとアスぺクト」等の論考です。工藤浩の「三鷹日本語研究所」―文法研究ノート抄 その2―「■不変化助動詞」でも、

  「不変化助動詞」という現代日本文法学の基本的な みかた(paradigm)も、人間でいえば、もう来年で還暦を むかえようとしている。半世紀以上にわたって現代日本文法学を支配しつづけてきた、ねづよい迷信ともいっていい。「20世紀後半の基本思潮」とでもいうべき過去の思想にはやくなってほしいのだが。迷信にも一理あり、よってきたかんがえのみちすじを たどってみよう。

 と考察を重ねていますが、教科研文法のparadigmで解明できるとは思われません。これは、現在のモダリティー論に繋がる問題でもあり別途根本的な批判を展開したいと思いますが、まずはテーマである<助動詞>「だ」がどのように扱われているのかを見ましょう。それにしても、「不変化助動詞の本質」というタイトル自体が正に形式主義的な見方であることに限界を感じてしまいますが、その当否はおのずと明らかになるのではと思われます。

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