2015年10月05日

チョムスキー『統辞構造論』の論理的誤り (5)

  時代背景 ― 情報理論と人間機械論(2)
『統辞構造論 付『言語理論の論理構造』序論』チョムスキー著 (岩波文庫:2014.1.16)

 当時、情報科学と呼ばれたのは通信理論と共にノーバート・ウィーナーによって提唱された『サイバネティックス: 動物と機械における制御と通信』の発想と結びついていました。情報のフィードバック(帰還)による制御により単なるやりっぱなしではなく、結果をフィードバックし調和を実現する制御システムを目指したのです。その結果、JR始め、各種の券売システム、運行制御システムや銀行の営業店システム、ATMなどの現在の制御システムや、ディジタルTV、スマートフォンが生みだされることとなりました。
 このシステム理論により人間もまた、五感によりデータを入力し、脳による演算・制御を行い、その結果による行動を行い、感覚器官によるフィードバックを伴うシステムとみなされました。ある種の人間機械論ともいうべきものです。そして言語もまた、このような機械の産物とみなされました。これらは単に機能としての比較に過ぎず、人間と機械の本質的な違いは無視されていることが分ります。機械は、まず動力源、エネルギー源としての電力を外部から供給されねばなりません。そのエネルギーにより、電子などの運動を利用してデータの演算や、磁気を利用しモーターを動作させたりして与えられた手順に従って、情報や物を処理するに過ぎません。処理の手続きや異常時の処理方法は予め定められた手順により処理するだけです。
 しかし、人間は自分で食事によりエネルギーを補充し、生命を維持し、意志を持ち、認識、判断する自律した存在です。そして、互いに協働し意志の疎通を図り、社会生活を営んでいます。このために、お互いの認識を表現し交換しなければなりません。この人間の概念的認識の表現こそが言語であり、そのために共通の規範を生みだし運用しています。人間機械論は、この人間の本質を無視し単に機能を比較し論じているに過ぎません。先にも見た通り、

 各々が有限の長さを持ち、また、要素の有限の集まりから構成される文の(有限あるいは無限の)集合として言語(Language)を考えていく。全ての自然言語は、書かれたものであろうが話されたものであろうが、この意味における言語である。なぜなら、個々の自然言語には、有限の数の音素(あるいは、アルファベットの文字)があり、文の数は無限ではあるが、各々の文はこれらの音素(あるいは、文字)の有限列として表示されるからである。

という言語本質観は、正に人間機械が出力した文字の集合として文を捉えるもので、認識されたものの表現としての文ではありません。「左から右へと文を生み出していく有限マルコフ過程に基づいて文法性を分析しようとするアプローチは、第二章で退けた諸提案とまったく同様に、必ず行き詰まってしまうように思える」ため「句構造による記述」に進み、さらに、

 変換分析を正確に定式化すれば、それが句構造を用いた記述よりも本質的にもっと強力であるということが判る。これは、句構造による記述が、文を左から右へと生成する有限マルコフ過程による記述よりも本質的に強力であることと同様である。

と、その人間機械論という言語本質観の根本にある誤りに立ち戻ることなく単なる方法論のレベルでの修正を次々と重ねるだけでは言語の本質はもとより、文、文法も言語習得の本質も明らかにすることはできません。「第九章 統辞論と意味論」では9.2.1で、

 「意味に訴えることなしに、一体どのようにして文法を構築することが出来るのか」という問いに答えようとするために多大な努力が払われてきた。しかしながら、この問い自体が誤って立てられているのである。なぜなら、この問いの背後にある、意味に訴えれば文法が構築できるのは明らかだという暗黙の想定には全く根拠がないからである。

と人間機械論的発想で意味論を排除しているが、事実は先にも指摘したように「非文」という論者や、読者の主観に依拠して意味を密輸入し、文、文法の適否を判断するというプラグマテイックな手法で表面的に意味を排除しているに過ぎません。言語の本質に基づき意味とは何かを明らかにすることなしに、意味と文の関係を論ずることはできません。
 このように見てくれば、生成文法なるものの根底が時代思潮でもある人間機械論という当時の情報理論に依拠した形式的、機能主義的な言語論に過ぎないことが明確になります。このあとの、「デカルト派言語論」なる宣言もまた、この発想の延長線上でしかないことは「プラトン的イデア論への転落」として既に批判されているところです。■

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