2015年03月12日

言語の本質とは何か ― 1

   時枝誠記の『国語学原論』とソシュール批判 (1)

 三浦つとむの言語論との出会いは、もう44年も前の1971.7月刊の吉本隆明主宰の雑誌『試行』第三三号の記事、「北川敏男の<営存>論」の頃からです。この号には、宮下眞二の「能動態が先か受動態が先か ―変形妄想の一つ―」、滝村隆一の「国家社会主義者・北一輝(中)」も掲載されており、サイバネティクス、生成文法批判、政治学批判と当時の雰囲気が浮かび上がります。この’71年には古田武彦著『「邪馬台国」はなかった』も刊行されています。

 そして、結局今も情況は全く変わっていないのではないかとの思いがよぎります。むしろ、後退した側面も見られる状況です。そこに戦後レジュームの本質を見ることが出来るのではないかというのが本ブログのメインテーマです。
 「能動態が先か受動態が先か ―変形妄想の一つ―」は次のように結ばれています。
  変形文法を含め構造言語学は、言語(表現)の内容と形式とを切離して形式のみを取上げるから、言語の背後にある対象→認識→表現という過程的構造をたぐることができない。変形文法は認識を取上げようとはしたが、デカルト的二元論に足をすくわれて、認識を対象から切離してしまい、認識を過程的に捉えることができずにいる。

 この批判は言語学アカデミズムには届かず、現在も無視されているのは情況の示す通りです。言語の本質とは何かを時枝の言語過程説の提起に遡ってたどり現状の本質的な批判をする意義があるでしょう。

 時枝誠記は『国語学原論』の「第1篇 総論」「7 言語構成観より言語過程観へ」で次のように記しています。
 ソシュールは、言語対象の分析に当たって、先ずこれを構成的のものと考え、言語より其の構成単位を抽出することを試みた。然るに言語は、その如何なる部分をとって見ても、多様であり、混質であることを発見し、ここに対象を規定し、概念と聴覚映像との聯合を以って精神的実体であるとし、これを、それ自身一体なる言語単位と考えて、「言語(ラング)」と命名した。……
 かく見て来るならば、ソシュールが摘出した「言語(ラング)」は決してそれ自身一体なるべき単位ではなく、又純心理的実体でもなく、やはり精神生理的継起的過程現象であるといわなければならない。言語表現に於いては、最も実体的に考えられる文字について見ても、それが言語と考えられる限り、それは単なる線の集合ではなく、音を喚起し、概念を喚起する継起的過程の一断面としてかんがえられなければならない。若しこれを前後の過程より切り離して考えるとき、それは既に言語的性質を失うことになる。かくの如く、言語に於いては、その如何なる部分をとってみても、継起的過程でないものはない。継起的過程現象が即ち言語である。かかる対象の性質を無視した自然科学的構造分析は、従って対象の本質とは距ったものを造り上げることになる。ソシュールの「言語(ラング)」の概念は、かくの如き方法上の誤りの上に立てられたものであった。注①
 これは、
 凡そ真の学問的方法の確立或は理論の帰納ということは、対象に対する考察から生まれて来るべきものであって、対象以前に方法や理論が定立されて居るべき筈のものではない。それが学問にとって幸福な行き方であろうと思う。たとえ対象の考察以前に方法や理論があったとしても、それはやがて対象の考察に従って、或は変更せらるべき暫定的な仮説として、或は予想としてのみ意義を有するのである。注②

 とする時枝の「学問的方法の確立」という真の科学的方法論からの帰結であると共に、彼の依拠した現象学という立場の限界を示すものでもあります。
  『国語学原論』は岩波文庫版の解説である前田英樹の「時枝誠記の言語学」で触れられているように、日米開戦の昭和十二年、真珠湾攻撃が行われた十二月に刊行されるという歴史的な母斑を負って生まれました。前田は次のように続けています。

 戦局の混乱が極まるなかで、このような志(注:死出の装束を纏った獅子奮迅の姿)に正当な注意を払った者など、ほとんどだれもいなかった。またその扱いは、戦後の混乱期も変わりない。『国語学原論』が少しずつ思想的検討の対象となり始めたのは、昭和三十年代に入ってからのことだろう。時枝誠記の言語学が、戦後日本の左右のイデオローグから、敵にも味方にも見えたということは面白い。近代唯物論へのこの鋭利な敵対者は、安直なナショナリストの厄介な敵ともなりえた。注③

 革命的なパラダイム転換が「敵にも味方にも見えた」というのは古今の歴史が明らかにしてきたところで、近代科学革命と呼ばれるコペルニクスの地道説にしろニュートンの万有引力発見もまた同様です。これこそ、チョムスキーの生成文法などというまやかしの理論とは次元の異なることを示す徴証というべきでしょう。■

  注:①『国語学原論 (上)』岩波文庫 104p
    ②同 20p
    ③『国語学原論 (下)』岩波文庫 308p/
Posted by mc1521 at 11:44│TrackBack(0)言語

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